北里大学 医学部 公衆衛生学

調査票(研究用)

調査票(研究用)

《 組織的公正とは 》

組織的公正(organizational justice)は、主に経営学や産業・組織心理学の領域において、組織コミットメントや組織市民行動、仕事満足度などとの関連が調べられていた概念です。2000年以降、産業保健の領域においてもその概念が注目されるようになり、現在では「仕事の要求度-コントロールモデル」(Karasek, 1979)、「努力-報酬不均衡モデル」(Siegrist, 1996)を補完する、職業性ストレスの新しい概念として、フィンランドやイギリスを中心に、うつ病(Kivimäki et al., 2003; Ylipaavalniemi et al., 2005)や虚血性心疾患(Kivimäki et al., 2005; Elovainio et al., 2006b)をはじめとする、心身への健康影響が明らかにされています。

組織的公正の概念自体は、既に1960年代には提唱されており、主に「分配的公正」(distributive justice:職場組織における意思決定の結果、すなわち給与、昇進・昇格、職務配置などの資源配分に関する公正性)(Adams, 1965)、「手続き的公正」(procedural justice:職場組織における意思決定の手順やプロセスに関する公正性)(Thibaut & Walker, 1975)、「相互作用的公正」(interactional justice/relational justice:上司の部下に対する接し方に関する公正性)(Bies & Moag, 1986)に大別されます。また、研究者によっては相互作用的公正を「対人的公正」(interpersonal justice)と「情報的公正」(informational justice)に分ける場合もあります(Greenberg, 1993)。これらの下位概念のうち、産業保健の領域では、主に「手続き的公正」と「相互作用的公正」に着目して、労働者への健康影響が調べられています。

《 組織的公正の測定方法とその日本語版の開発 》

これまでに、組織的公正を測定する様々な自記式評価尺度が開発されていますが、産業保健の領域で主に用いられているのは、Moorman(1991)が開発した組織的公正尺度の修正版(Elovainio et al., 2002)で、手続き的公正尺度(7項目)と相互作用的公正尺度(6項目)の2つの下位尺度で構成されています。組織的公正による労働者への健康影響について国際比較を可能にするため、井上らは、Elovainio et al.(2002)の尺度を邦訳し、組織的公正尺度日本語版の信頼性・妥当性を検討しました(Inoue et al., 2009)。

 

1)組織的公正尺度日本語版の開発プロセス
まず、英語版の組織的公正尺度を邦訳してドラフト版を作成し、企業の人事担当者や産業保健スタッフから意見を集めました。これらの意見と専門家らの討議を踏まえ、修正版を作成し、製造業に勤務する男性185名(34.9±9.1歳)、女性58名(35.9±8.9歳)を対象とした自記式質問紙調査を実施しました。その後、修正版を逆翻訳し、全13項目中、1項目に文言の微修正を施し、最終版としました。分析には、Cronbachのα信頼性係数の算出、因子分析、他の職業性ストレスモデルとの相関係数の算出を行い、信頼性および妥当性の検討を行いました。

 

2)信頼性
各下位尺度のCronbachのα係数は、手続き的公正が男性で0.86、女性で0.84、相互作用的公正が男女ともに0.94であり、海外の先行研究(Elovainio et al., 2002; 2003; 2005; 2006a; Kivimäki et al., 2003; Ylipaavalniemi et al., 2005)と同程度ないし、それ以上の内的一貫性が確認されました。

 

3)妥当性(因子的妥当性および構成概念妥当性)
探索的因子分析(最尤法、プロマックス回転)の結果、男性では、第1因子に相互作用的公正尺度の6項目、第2因子に手続き的公正尺度の7項目が抽出されました。一方、女性では第1因子に相互作用的公正尺度の6項目が抽出されましたが、手続き的公正尺度のうち4項目が第2因子、3項目が第3因子として抽出されました。前者は「職場組織が自分たちの意見を聞いてくれるかどうか」、後者は「透明で公正な意思決定ルール」を表していると考えられ、女性では、これらの要素を区別して捉える可能性が考えられました。
確認的因子分析(共分散構造分析による2因子構造[手続き的公正、相互作用的公正]への適合度指標[GFI:goodness of fit index、AGFI:adjusted goodness of fit index、CFI:comparative fit index、RMSEA:root mean square error of approximation]を算出)の結果、男性ではGFI=0.87、AGFI=0.81、CFI=0.93、RMSEA=0.09であり、比較的良好な適合度を示しましたが、女性ではGFI=0.81、AGFI=0.73、CFI=0.95、RMSEA=0.08であり、AGFIなどの一部の指標では、良好な適合度を示さない場合がありました。尚、女性において、本来の2因子構造と探索的因子分析で抽出された3因子構造の適合度をECVI(expected cross-validation index)で比較した結果、前者はECVI=2.46、後者はECVI=2.21であり、後者の方が良好な適合度を示しました。 他の職業性ストレスモデルとの関連について、Pearsonの相関係数を算出した結果、男性では、手続き的公正と仕事のコントロールとの間に有意な正の相関、努力-報酬不均衡、将来の曖昧さとの間に有意な負の相関が認められました。また、相互作用的公正と上司のサポートとの間に有意な正の相関、努力-報酬不均衡との間に有意な負の相関が認められました。女性においても、男性と概ね同様の傾向が認められましたが、手続き的公正と仕事のコントロールとの間に負の相関が見られるなど、一部、理論モデルに反する結果が認められました。

《 得点方法 》

前述のように、組織的公正尺度は手続き的公正尺度と相互作用的公正尺度の2つの下位尺度で構成されています。いずれの下位尺度も「1=全く当てはまらない」~「5=非常に当てはまる」の5件法で評価し、逆転項目はありません。総得点は下位尺度ごとに算出し、各項目得点を単純加算したものを項目数(手続き的公正尺度では7、相互作用的公正尺度では6)で割り、総得点の範囲が1.0-5.0になるようにします。得点が高いほど、回答者が知覚する組織的公正が高いことを表します。尚、本尺度には「何点以上であれば公正性が高い/何点未満であれば低公正が低い」といったカットオフ値は設けられておらず、総得点によって群分けする際には、主に三分位点や四分位点を用いる方法が取られています。

《 テスト所要時間 》

早い人であれば約3分、長い人でも5分程度で実施可能です。

《 使用条件 》

学術研究のために使用する際は無料でご使用いただけます。また、本尺度を使用した研究成果を日本産業衛生学会(例年5月頃開催)の自由集会「職業性ストレス調査票ユーザーズクラブ」で発表していますので、可能であれば、研究成果を公表された時点で、その結果をPower Pointのスライド(2枚程度)にまとめ、井上(akiomi-tky[at]umin.ac.jp,[at]には@を入れてください)までお送りいただければ、その結果を自由集会でご紹介致します。

《 尺度の限界 》

本尺度には、組織的公正の下位概念の1つである「分配的公正」を測定する尺度が含まれておらず、また相互作用的公正を細分化して(「対人的公正」と「情報的公正」に分けて)尋ねていない点が限界点として挙げられます。また、日本の企業では、明文化されていない“暗黙の了解”が公正性の維持につながっている場合があり、そのような側面は本尺度で測定することが困難です。更に、手続き的公正は仕事のコントロールと、相互作用的公正は上司のサポートと概念的に重複する部分があり(Fujishiro & Heaney, 2009)、本尺度で、これらの類似概念を区別して測定することができない可能性があります。今後、より大多数、多業種を対象とした調査を実施し、本尺度の信頼性・妥当性に関する更なる検討が必要です。

《 引用文献 》

1) Adams JS. Inequity in social exchange. In: Berkowits L, editor. Advances in experimental social psychology, vol.2. New York: Academic Press; 1965. p. 267-99.

2) Bies RJ, Moag JS. Interactional justice: communication criteria of fairness. In: Lewicki RJ, Sheppard BH, Bazerman MH, editors. Research on negotiation in organizations, vol. 1. Greenwich (CT): JAI Press; 1986. p. 43–55.

3) Elovainio M, Kivimäki M, Puttonen S, Lindholm H, Pohjonen T, Sinervo T. Organizational injustice and impaired cardiovascular regulation among female employees. Occup Environ Med 2006a; 63: 141–4.

4) Elovainio M, Kivimäki M, Vahtera J. Organizational justice: evidence of a new psychosocial predictor of health. Am J Public Health 2002; 92: 105–8.

5) Elovainio M, Kivimäki M, Vahtera J, Keltikangas-Järvinen L, Virtanen M. Sleeping problems and health behaviors as mediators between organizational justice and health. Health Psychol 2003; 22: 287–93.

6) Elovainio M, Leino-Arjas P, Vahtera J, Kivimäki M. Justice at work and cardiovascular mortality: a prospective cohort study. J Psychosom Res 2006b; 61: 271–4.

7) Elovainio M, van den Bos K, Linna A, Kivimäki M, Ala-Mursula L, Pentti J, Vahtera J. Combined effects of uncertainty and organizational justice on employee health: testing the uncertainty management model of fairness judgments among Finnish public sector employees. Soc Sci Med 2005; 61: 2501–12.

8) Fujishiro K, Heaney CA. Justice at work, job stress, and employee health. Health Educ Behav 2009; 36: 487–504.

9) Greenberg J. The social side of fairness: interpersonal and informational classes of organizational justice. In: Cropanzano R, editor. Justice in the workplace: approaching fairness in human resource management. Hillsdale (NJ): Erlbaum; 1993. p. 79–103.

10) Inoue A, Kawakami N, Tsutsumi A, Shimazu A, Tsuchiya M, Ishizaki M, Tabata M, Akiyama M, Kitazume A, Kuroda M, Kivimäki M. Reliability and validity of the Japanese version of the Organizational Justice Questionnaire. J Occup Health 2009; 51:74–83.

11) Karasek R. Job demands, job decision latitude, and mental strain: implications for job redesign. Adm Sci Q 1979; 24: 285–308.

12) Kivimäki M, Elovainio M, Vahtera J, Virtanen M, Stansfeld SA. Association between organizational inequity and incidence of psychiatric disorders in female employees. Psychol Med 2003; 33: 319–26.

13) Kivimäki M, Ferrie JE, Brunner E, Head J, Shipley MJ, Vahtera J, Marmot MG. Justice at work and reduced risk of coronary heart disease among employees. Arc Intern Med 2005; 165: 2245–51.

14) Moorman RH. Relationship between organizational justice and organizational citizenship behaviors: do fairness perception influence employee citizenship? J Appl Psychol 1991; 76: 845–55.

15) Siegrist J. Adverse health effects of high-effort/low-reward conditions. J Occup Health Psychol 1996; 1: 27–41.

16) Thibaut J, Walker L. Procedural justice: a psychological analysis. Hillsdale (NJ): Erlbaum; 1975.

17) Ylipaavalniemi J, Kivimäki M, Elovainio M, Virtanen M, Keltikangas-Järvinen L, Vahtera J. Psychosocial work characteristics and income of newly diagnosed depression: a prospective cohort study of three different models. Soc Sci Med 2005; 61: 111–22.

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産業医科大学 IR推進センター
准教授 井上 彰臣(いのうえ・あきおみ)
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