北里大学医学部薬理学
大学院医療系研究科分子薬理学
Department of Pharmacology, Kitasato University School of Medicine
Department of Molecular Pharmacology, Graduate School of Medical Science Kitasato University

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更新日 2019-01-21 | 作成日 2010-01-14

1. 血管新生の生体内制御因子の研究

 血管新生は、病的には各種増殖性炎症、潰瘍創傷治癒過程、固形腫瘍の増殖などの場合に生理的には発生の過程や性周期における子宮内膜の増殖の際にみられる生体反応であり、基底膜の分解から新生血管の形成に至る一連の生体反応である。血管新生は各種成長因子で調節されるprostaglandin(PG) も血管新生を増強することを明らかにした。Cyclooxgenase(COX)-2が増殖性の炎症巣に誘導され、これによって生成されたPGI2あるいはPGE2が血管新生を増殖することをスポンジ移植モデルを用いて報告した。さらにこの増殖性の変化で見られる血管新生に、実際にどのPGがどの受容体サブタイプを介して増強作用を持つか否かについては全く知見がなかったので、プロスタノイド受容体ノックアウトマウスを京大より導入し、これらを用いて検討を行っている。さらにin vivoにおける癌依存性の血管新生や癌腫増殖に関与するPGおよびその受容体の特定も行うことができた。特に癌ではいわゆるストローマと呼ばれる宿主由来の組織におけるPGE2による血管内皮増殖因子vascular endothelial growth factor(VEGF)のup-regulationが重要であることを見いだすことに成功した。
 ペプチド性のメディエーターによる血管新生の制御についても研究を行っている。アンギオテンシンIは生体内ではアンギオテンシンIによりアンギオテンシン変換酵素ACEにより生成される。ヒトをはじめとする幾つかの種では、ACEの他に肥満細胞の顆粒中に含まれるプロテアーゼChymaseによってもこの変換が起きる。スポンジ移植モデルを用いてこのChymaseによって生成されたアンギオテンシンIIが実際に血管新生を増強することを報告した。Proinflammatory peotideであるキニンにも同様の血管新生増強作用があることを見いだした。これらの反応の何れにもVEGFの誘導が重要であることを見い出している。
 従来から急性滲出性の炎症モデルとして用いてきたカラゲニン胸膜炎についても、急性炎症相の解析を続けているが、このモデルは起炎後比較的時間が経過すると増殖性の炎症に移行し、胸膜に肉芽の増殖を認める。その際に誘導されるCOX-2の機能解析も行っている。急性相では、始め胸腔内に好中球が浸潤してくるが、時間が経つにつれ単核球の浸潤に置き換わってくる。このスウィッチィングに好中球のアポトーシスが重要な役割を持つことが判明した。

2. 腎カリクレインキニン系の高血圧発症抑制の研究

 食生活等の欧米化に伴い、循環器疾患の発症率をいかに抑えるかが問題になってきている。高血圧症はサイレントキラーといわれるように、特に自覚症状もなく突然脳出血や心筋梗塞をおこすという日頃の管理が重要な生活習慣病である。現在、日本では、1900万人の罹患者がいると言われている。カリクレインキニン系の抗高血圧作用の本質を明らかにしてきたが、新しい概念を持った高血圧治療薬、特に高血圧の発症段階に有用な抗高血圧薬(予防薬)の開発に通じる研究課題である。既にリードコンパウンドを特定していることもあり、今後の発展性も大いに期待される。
 キニンは、その強力な細動脈拡張作用から、血管拡張作用を介する降圧物質としてとらえられがちであった。しかし、血中内因性キニンレベルは降圧物質を示すキニンレベルに比べ数十分の一にすぎず、キニンの血圧調節に対する役割は単純でない。一方、腎では遠位尿細管から分泌されたカリクレインが、同じく尿細管からぶんぴつされるキニン前駆蛋白質キニノゲン分子を限定分解してキニンが生成される。生成されたキニンは集合管に分布するB2レセプターに結合し、同部での水ナトリウムの再吸収を抑制する。本研究の成果は、Tips(16;239-246, 1995)、Adv.Pharmacol.(44;147,1998)等に発表したが、キニン系の降圧作用は、血管拡張作用ではなく、むしろ腎での水ナトリウム排泄増大によることを明らかにしてきた。しかも、この作用は、ナトリウム負荷時あるいはレニンアンギオテンシン系が機能亢進した場合に限って発揮される。いわば生体にとって安全弁のごとく作用し、高血圧の発症を抑制する。本研究で用いたBrown Norway Katholiekラットはキニノゲン分子を欠くラットである。このため、カリクレインが分泌されても、腎ではキニンは生成されない。いわば天然のノックアウト動物ともいえるラットを、世界で唯一高血圧実験に用いてきた。北里の名を冠した同系の正常ラットBrown Norway Kitasato ラットと比較することにより、キニン系の生体内での働きを明らかにしてきた。
 従来の高血圧治療薬は、すべて既に血圧が上昇した患者を対象に、いわば対症的に血圧を下降させる薬物であった。一連の研究で、腎カリクレインキニン系の機能不全が環境因子(例えばナトリウム摂取量の増大)とあいまって、高血圧発症の引き金になっていることを明らかにしてきた。腎カリクレインキニン系を賦活化するアプローチは、高血圧の発症を予防するという新しい抗高血圧薬の概念を形成するのに大きく貢献できる。理想的には、カリクレイン分泌の不全がある場合には、小児期より治療することが望ましいと思われる。本研究は、高血圧治療の概念を大きく変えるきっかけになる。
 WHOや米国合同委員会では、主な降圧剤として利尿薬、β受容体拮抗薬、ACE阻害薬/アンギオテンシン受容体拮抗薬、Caチャンネル拮抗薬の4種をあげており、個人別、段階的な薬物治療が推奨されている。最近は特に服用者のQOLを悪化させない薬物の選択が心掛けられるようになってきた。本研究から送出されたキニン系を賦活化する薬物群は、既存の薬物と異なる作用機序を持っており、しかも高血圧の発症を予防するという新しいコンセプトを持っている。これにより薬物の選択や組み合わせの幅が広がり高血圧治療がいっそう有効なものになる。
 自然発症高血圧ラットSHRでのカリクレイン分泌不全機構の解析を開始しており、分泌に関与する因子の遺伝子多型の解析をスタートしている。ポストゲノム時代の機能解析に対応した研究体制を整えている。北里研究所より、一連のこの分野の研究業績に対し、平成11年度北里柴三郎記念賞を与えられた(馬嶋正隆)。
 キニン以外にも PG の抗高血圧作用に関しても検討を行っており、特に従来腎では発現が見られないと考えられてきた誘導型COX-2が、腎血管性高血圧モデルでレニンの遊離増大に大きな役割を持つことが判明した。

3. ニューロナルエマージェンシーシステムを介する胃粘膜障害抑制に関する研究

 エタノール(Et-OH)をラット腎内腔に投与すると、赤色を呈する胃粘膜障害がみられる。その過程を生体顕微鏡でリアルタイムで観察すると、粘膜障害の本質は「出血」ではなく、集合細静脈が収縮したために引き起こされた粘膜の「鬱血」であることがわかる。胃粘膜肥満細胞由来のロイコトリエンC4が、集合細静脈の収縮を引き起こしている。
 Et-OH胃粘膜障害は、赤唐辛子の辛味成分であるカプサイシンCapsaicinを胃内腔に前もって投与しておくと抑制される。カプサイシンは知覚神経末端からニューロペプタイドのサブスタンスP、カルシトニン遺伝子関連ペプチドCGRPを遊離させるが、中でもCGRPは遊離量が豊富で粘膜障害を抑制する。
 また、胃内腔の浸透圧をあげると、胃壁内でプロスタグランジン(PG)I2およびE2が生成される。実験的には1MNaCl溶液を用いているが、この浸透圧刺激をしたあとに、Et-OHを胃に暴露しても、カプサイシンと同様に胃粘膜障害が抑制される。1MNaCl溶液で生成されたPGには、テトラガストリンで刺激された胃酸分泌、および胃壁の進展に伴う反射性の胃平滑筋収縮、共に抑制する作用があるが、それらとは別に、Et-OH投与時のCGRP遊離量を増加させる「ニューロモデュレーター」としての作用がPGI2がある。この増大したCGRPが粘膜障害を抑制したと考えられる。これらはプロスタノイド受容体ノックマウスを用いて調べられた。全消化管には中枢神経系に匹敵する数の神経細胞が含まれる。一連の成績は、神経系特に知覚神経の消化管における生体防御系(ニューロナルエマージェンシーシステム)としての重要性を認識させるものである。
 Et-OHを胃内腔に投与した際に観察されることとして、血小板の凝集塊が、収縮した集合細静脈を閉塞し、さらに血流を鬱滞させていることがある。血小板の凝集を抑制するトロンボキサンA2合成酵素阻害薬あるいは受容体拮抗薬を投与すると、確かに赤色変化は有意に抑制される。抗血小板抗体を投与して、前もって循環血中の血小板数を著明に減少させておいても、同程度の胃粘膜保護作用が認められる。
 以上のように、Et-OH胃粘膜障害の形成には、胃微小循環レベルで作用する、いくつかのアラキドン酸代謝物、およびニューロペプタイドが関与しており、それらの効果を遮断したり、あるいは逆に増強したりする薬物により、胃粘膜障害は抑制される。これらの薬物は、胃粘膜障害を抑制する薬物の候補者になる可能性がある。
 胃粘膜障害以外にも実験的潰瘍性大腸炎モデルにおける障害発生機構を解明しており、キニン系の関与をBrown Norway Katholiekラットを用いて解析している。

4. 肝微小循環の研究

 肝虚血再灌流やエンドトキシン血症などにおいてみられる肝障害の発生は肝微小循環障害が原因の1つと考えられる。マウスを用いて肝微小循環を生体顕微鏡により直接観察し、血管作動性物質に対する肝微小血管の反応やエンドトキシン、サイトカイン投与に対する肝微小管反応(肝類洞への白血球の接着、類同灌流の変化)について検討し、炎症性サイトカイン(TNF,IL-1)が肝微小循環障害に関与していることを報告した。エンドトキシン高感受性マウスでは、エンドトキシン投与後に肝類洞への白血球の接着、類洞灌流血液量の減少が観察され、血清GPTレベルの増大がおこる。この際には、血中TNFα、IL-1レベルの増加がみられた。同マウスではLFA-1、ICAM-1を介する肝類洞への白血球の接着が有意に抑制されていた。エンドトキシン高感受性マウスにTNFαおよびIL-1の産生を抑制すると、肝類洞への白血球の接着、類洞灌流血液量の減少、血清GTPレベルの増大の全てが有意に抑制された。
 さらに、このモデルにおける好中球エラスターゼの関与、およびプロスタグランジンの関与を調べている。特に後者については、プロスタノイド受容体欠損マウスを用いて検討を加えている。
 エンドトキシン投与以外にも、肝虚血再灌流(肝部分温阻血90分)を行い、生体顕微鏡を用いて肝微小循環を観察し、類洞および肝中心静脈に接着した白血球数や類洞灌流を測定している。

5. 気道過敏性に関する研究

 降圧薬として広く用いられているアンギオテンシン変換酵素ACE阻害薬に比較的高頻度に「空咳」の有害事象が認められる。この原因追求から、キニン及びニューロペプタイドが気道平滑筋収縮感受性亢進に関与していることが明らかにできた。ポストアンギオテンシン変換酵素ACE阻害薬として期待されている中性エンドペプチダーゼ阻害薬についても検討したが、アンギオテンシン変換酵素ACE阻害薬に比べ気道平滑筋収縮感受性亢進作用は少ないことが判明した。気道で遊離されるニューロペプタイドのうちneurokinin Aが気道平滑筋で内因性のNO産生を高め、気道の拡張作用を発揮していることが判明した。